女のこと

女は、
形而上の思考は一切できなかった。
地を這うように長年生きてきたので、
若くしてすっかり腰が曲がってしまった。
繕いつくした服を脱ぐと、
女の背骨はくっきり浮き出て
大きな爬虫類のようだった。


土。
ミミズやナメクジや
いつまでも白く残る蜆の欠片
腐りきった野犬の死骸
だらしなく伸びた大根の花
ふくらみすぎた黄色い胡瓜
そういうものたちから
女の躯は作られていたので、
篭いっぱいの里芋の皮を剥く手
安物の包丁を古い砥石で擦る手
それはいつもあかぎれて硬かった。


女ができたことは、
畑に生える雑草をすぐに見つけてくまなく刈り取ってしまうこと。
黒ずんだ廊下をぼろ布で毎日ぴかぴかにしつこく磨きあげること。
誰よりも素早く蠅を叩いて殺すこと。
熱い炭火の上に平然と手をかざして芋を焼くこと。
虫食いと虫食いでない栗をより分けること。


曲がってしまった女の躯
硬くなってしまった女の皮膚
狂ってしまった女の脳味噌


 女の骨は、粉々になって、少しも残らなかった。


日々
女が土を耕した
そのひどく単純な長い長い年月を
私は音を耕すことに充てよう。
そう思いついた夜に、
女は
幸せになっても良いのだ
と、私を笑った。