2008-01-01から1年間の記事一覧

旅立ちの前に

「遠くまで旅する人たちにあふれる幸せを祈るよ」 歌声を耳元でボリュームを上げて病院へ向かった。 祖父を送るときは、動かせなくなった指を一本一本、指先と爪をやさしく押してもみほぐした。気持ちいいと伝えてくれたのを覚えている。 祖母を暮らしたとき…

しろいそらに

今頃男はふかふかした暖かな寝巻きを着て、スプリングのよくきいたベッドに横たわって、大きな足を暖めながら眠りについているのだろう。 男の部屋のベランダからは朝の白い空がよく見える。雀の鳴き声。射し込む光。いつもと変わらない朝だ。 男の横顔は光…

地層のように眠れ

かつて父の母は、息子が遠くから連れてきた若い女に、前夜から煮込んだ料理を並べて、もっと食べろ!たくさん食べろ!、などとすすめたのだろうか。お正月にだけ食べられる祖母のりんご入りのきんとんは、幼い頃の特別なごちそうだった。 母は、同じようにし…

もぐろう。

使い古された また来る朝 を待って あたたかな布団にもぐろう。 ここには きみを痛めつける人はいないし 何より、きみが楽な思いをすることが だいじなのだから。 さあ、 もぐろう。 夢の海底まで ゆっくりと もぐろう。

まどろむ

朝 目覚めて 窓の光を浴びて背伸びをひとつして 怠惰なからだから怠惰なことばを紡ぎだして まどろむ時間が好き。 夜 眠る前に 睡眠薬で深く潜る毎晩の小さな恐怖を取り除いてくれる 電話口のあたたかい声に耳をすませて まどろむのも好き。

自由

幾重にも幾重にも かさなりからみあい 身動きもとれないぐらい 自由を奪われる 足枷 鎖 私たちの欲しがっていた愛は、そのようなものではなかった。 やさしさがやさしさの隙間に うまくすうっと入っていくような 白い空に昇華するような どこまでも飛んでい…

メルヘン

ヘンゼルとグレーテルが 深い黒い森の中をさまよったように わたしたちも歩いている おなかがすいたら野いちごを拾おう 眠くなったら眠りの精が助けてくれる 明るく歌いながら はぐれないように こわくなんかないんだ 前が見えなくたってね 踊るように軽いス…

道すじ

こころが からだが よわよわしい わたしたちは どうやって生きていけばいいのでしょう あなたの手は既に示している 確かな道すじを知っている ああ、どうか サーチライトを点けてください! たしかなことは ひとりよりも ふたりのほうが おだやかになれる や…

お人形さん

携帯電話の中の 目がくりくりとしたかわいらしいお人形さん の、手入れをし に、似合う服を仕入れて 終わりのない作業だ 満足するまで …私が? お人形さん、 あなたは私の影だった 今は あなたが私を貪ってゆく

しあわせなあさ

このまま眠れなくても 光が射し込んできたら 私はあなたにしずかに声をかけて 目をこすりながらコーヒーを淹れよう すきなたべものものみものもにているのだからふあんなどなくてそこにあるのはしあわせなあさ あたたかいマグカップを渡したら シリアルにヨ…

料理

しなびかけたキャベツをちぎり 手際良く洗って水を切る 触感と音をおもう じゅうじゅう炒めるときの激しさ 弱火でじっくり煮込むしたたかさ 日々のくらしの 必要なしごとと 音をつくるしごとを うまく繋げていこう 新鮮なトマトを がぶりとかじったときの 鮮…

沈む

眠りを待つ時間 青白く発光する記憶と 遠いサイレンの音 沈む さらさら流れる砂の中へ 沈む エメラルドに光る珊瑚礁の下へ どこまでも どこまでも 深呼吸をひとつ。

軋む

心が軋むように痛い つらい 憎むべき人が笑っている ゆっくりと確実に元気になって少しずつ仕事をしていくこと。 幸せは比較するものではない

遠い記憶による蹂躙

お皿を洗うときの水流の太さや お米をとぐときのこぼさない気迫 ジャムの瓶が開けられなければ包丁で叩く そんなことを ふと台所仕事をしながら 思い出すのです。 私たちは 虐げられて生きてきたうえに これからは 記憶に蹂躙されて生きていくのか いや 記憶…

さみしがりや

ながいあいだ なにをしていても ひとりぼっちで だれかといても ひとりぼっちで すぐさみしがっていた さみしいきもちが すこしだけへったのは 音楽にとりくめるから 日々のくらしを保ちたいから あなたのそばでくらしたいから ひとりがふたりになれるとした…

井戸の話

待って! 離して! 私の恋人をどうか 連れていかないで! その歌に 自然と重なっていた後ろ姿 黒い空港の夜 かわいた公園の枯れ葉を 私は未だに無邪気に踏みしめるのだし いま すずめが余りにも平和に鳴く 男はしあわせそうにいびきをかく 私が追っていたも…

息の音

まだ半年しか一緒にいないというのに ずいぶんと長く一緒にいるせいで 私を呼ぶときの息の音まで すっかりわかるようになってしまった 髪の毛をかきむしって 心配そうな顔をしたあとに よわよわしい息の音で (どうしてなのか) あなたはわたしをよぶのです

ひかり

ひさしぶりに 深く深く眠ったので 目がさめたとき 隣にいる人が誰かわからなかった。 この人は誰なのだろう。 この人は私のおとうとだろうか。 冬の朝の 薄い色をした青空から 淡いみどりのカーテンをぬけて さしこむ しろいひかりに 眉間を寄せて 軽くくち…

それを得る

甘えられる理由があるということ 精神病というとても便利なカード どもってもまばたきが多くても外に出られなくても みんな優しくしてくれる シャンパングラスを磨くように接してくれる とても便利なカードだ。 だが、 それを得るために どれだけ苦しんだか …

ひかり かなしみ 遠い日のわたくし 鋭角に折れ曲がり積み重なる道のり 世界そして物理の法則 無限に続くくるしみ 鏡 無限に続くくるしみ 世界そして物理の法則 鋭角に折れ曲がり積み重なる道のり 遠い日のわたくし かなしみ ひかり

傲慢なこと

もしかしたら 私ならば あの人を救えるんじゃないかと 思っていました。 悪いことはもうやめる あたたかい家庭をつくりたい そういう横顔がちらりと見えたので、 あの人の危険さも腹黒さも 長い付き合いでわかっていたのに どうして、 そんな傲慢なことを思…

動けない

たつ気力もなければ 向こう側で会いたい人がいるわけでもないし そもそも そんな世界は信じていない ただ 未来がぼやけて 薄暗い夕闇のようで こごえてすくんで歩けなくなる 膝を抱えて座っている こんなことをしてる場合じゃないのに わかっているのに 動け…

いびき

年をとったなあ、と思う。 男のいびきが、憎らしくも少しだけ愛らしい。 空がもうすぐ白くなって車たちが動き出すのに、 ここにはあたたかい時間がゆっくりと流れている。 このまま時を止めるには 命を絶つのが最適ではないか という私の狂気 カーテン越しの…

天使の糸電話

白い小さな天使たちが、私の手元にふわりと集まって、携帯電話に不思議な魔法をかけてくれた。クリスタルのハンドベルみたいな、奇妙な形の電話機。 一緒にいましょう ずっと一緒にいましょう わたあめのような白い雲から紡いできた糸を持って、天使たちは走…

くるくる

くるくるまわる はげしくまわる 風見鶏の羽根がもげる つよいかぜ わたしは くるった おんなです ひとりにしないで ひとりにしないで ひとりにしないで くるくるまわる ゆっくりまわる 力いっぱい小麦を挽くように 骨を潰してゆきましょう ごりごり砕いてゆ…

北風

強い北風が、窓ガラスをどおんどおんと叩いては走り去ってゆきます。おうちでひとりぼっちの坊やは指をくわえて、ときどき白い息を窓に吹きかけてみるのでした。街はまるで灰色の塵が積もったようです。「ほうら、ごらん、あそこにママがいるのだよ。」北風…

他人

幸せになれる保証書を得るために、事細かな履歴書が必要なのだったら、私は、書類を揃えることもできない。 サイレンの中で にぎりしめた手 花火と愚かな言葉 優しさへの裏切り 明るくなりかけた部屋の、ざらざらとした壁に細い手首を添えると、心の奥底が白…

女のこと

女は、 形而上の思考は一切できなかった。 地を這うように長年生きてきたので、 若くしてすっかり腰が曲がってしまった。 繕いつくした服を脱ぐと、 女の背骨はくっきり浮き出て 大きな爬虫類のようだった。 土。 ミミズやナメクジや いつまでも白く残る蜆の…

お誕生日に

昼も夜も いちにちじゅう あなたのことばかり お祝いしていたい 宇宙ステーションに銀色のチューブで繋がれて宇宙遊泳しているように(もしくは遠い記憶の中の胎内でぷかぷかと恍惚の呼吸をしているように) 私たちは一緒に生きてきた 私たちは一緒に生きる …

かじかむ

何よりも心がかじかむ朝 布団から出られない私は静かに息を吐く 窓の外はきっと白く濁っているでしょう かなしいのです いろいろな種類のかなしみが襲ってくる ずっとずっとかなしいのです そんな言葉しか綴れなかった数年前より 今は少しは笑うことが増えま…