黒い靴

黒い靴と黒い服と
私は常に死の影や
別れの記憶とくらしてきたのだった
それが
男といる限りは
生への醜いまでの執着が
蔓を伸ばすように日々育っていた
私たちは世代を受け継ぐように生きて
半透明の死んだ自らの肉体と
鏡ごしに寄り添い
石段をことことり降りていくように
毎日を
すごす
日々少しずつ死んでいく
死の中にすべてがくるまれている
けれども
男とくらせるならば
そこには小さな希望が灯っている

雪の夜

ホレおばさんが羽根ぶとんを叩いたよ
天から塵が舞い踊って
くらやみ
夜の街灯
見上げると世界がきらきらしている
この美しい瞬間を
冷たい空気と白い息まで切り取って
あなたに見せられたらいいのに
灰色のフードを目深にかぶって歩く
シャッタースピードは遅くて
遠くでサイレン
教会の鐘が鳴る
指先は冷たいけれど
踏みしめて通りを進む

なんにもなくてもいいな
ただ芝生にあなたと寝転んで
たんぽぽの綿毛を飛ばして
雑草を踏んで歩く、音
鉄橋を快速が通っていって
その町には
くらしと、しごとと、あそびと、
いろんなことがぐちゃぐちゃに混ざっていて
クリームに凍ったいちごも入れましょう
こねてこねてぐるぐる回って
春の野原でひときわ高く笑います
なんにもなくてもいいな
ただあなたがいればいいな

トリップ

石畳の上でステップを踏む
シャッターを押す
フラッシュ!


オレンジ色の壁に落書き
トリップ
トリップ
トリップ
螺旋階段を降りたら
血みたいに赤い蜜蝋で封をして
きっちり封をして


もはや考えるべきことなど何もなくて
押し寄せる現実的な波の上で
ぱちゃん、と何度も音を立てて踊る


負けるもんか
泡立ったクリームにざらざらしたお砂糖
おじょうちゃんあんたはかわいいんだ


光が開けて現れた
空を切り取る尖塔に
ステップ
霧はいつ晴れるのかしら
とけかけの雪
白と黒のまだら模様凍りついた別荘のプールの青さ


祈る、ということを忘れても生きてゆける
手すりに掴まらせて
迷子にならないように
迎えに来て
ここへ
私を

飛行場の夜

飛行場の空は青白い顔で眠っている
煌々とあかりは灯り続けるのだ
彼らを照らして
彼らを包んで


そうして目覚めたとき
彼らは、どんな色を見て、どんな歌を覚えて、帰ってくるのだろう。


煌々と待っていてください
煌々と湿った空を照らして

わずらい

患った私
私の患い


それはひどく個人的なもので病名や処方箋やそういうもので私はタグ付けされ分別されてゆく、流れる金属の冷たい床に横たわって私は脳波を測定するためのカラフルな線を付けながら移動するぐるぐる回る診断され処方され日々を暮らしこれが螺旋状に上を向いていると信じてぐるぐるぐるぐる回る

しかしやはりそれはひどく個人的なもので私と同じ患いを持つ女は、私ではない。似た思いは語れるが、同化することはまったくもって不可能である。私には同化しないでくれと言う権利がある。踏み込むなと止める権利がある。


境界線をひきませう
るんるん楽しくひきませう


私は私である。
患いを持つ私が私である。

ひとりでいること

ひとりでいることが
すきだ
干渉されることは
苦手だ
すきなひとといても
結局ひとりひとり


 小学校の生活ノートに「あなたは『独り』ということを気にしすぎています。」と書かれたが、あれから14年、何か変わったか。

ひとりでいることが
いちばん普通で
いちばん楽で
いちばん心地よい
無理しなくてもいいんだもの


私は
ひとりでいることが
すき。