しずかなたたかい

古びた農家の一番奥の奥にある
湿った畳の部屋の布団で寝ていた
雨戸はいつも閉じられていて
あるだけの力を出してドアを開けると
廊下からの光が一気に射しこんで
埃がきらきら舞いながらどこかへ飛んでいった


音が怖かった
雑音が嫌いだった
じっとしてしずかに眠っていたかった
音楽が聞けなかった
恐ろしくて聞こうなどとも思わなかった


 おんがくをきけないのに わたしは
 おんがくかなのですか ほんとうに


声を発することもできずに携帯にそう書いたとき
涙が止まらず自分の行き先などわからなかった
未来は闇そのものだった
自分など何も役に立たないので消えてしまいたかった
狂った祖母は大声で何度も私の名前を呼んだ
天国の話をした 筆談で
リコーダーを吹いた 懐かしいうたを
狂った祖母の大声 未だに叫び声にはびくついてしまう


 祖母の 骨は 細くて とても 軽かった


ある日曜日に教会に行きたいと思いついて
何度か夕礼に通って 神様のことを 神様の基本を教わった


 いつでも ぶどうの木の 枝であること


インターネット上の無数のつぶやき
その中に自分を埋没させる
かたときも携帯電話を手放せなかった
ときには元気なふりをした
それでも 私は 病人だった


友人の進学の知らせを素直に祝福して喜べない己に腹が立った
どうしてオーボエが吹けないのか
どうしてオーボエが吹けないのか
オーボエが吹きたい
オーボエが吹きたい

布団の中で動けないまま 心の底から思った
光り輝く舞台を思い出して
オーケストラの中の自分を思い出して


ここでの しずかなたたかいを 私は忘れない
忘れられないものになるだろう
けっして誇らしげに語れるものではない
しずかに 心の底に 埋めておくものだ
畑に深い穴を掘って 埋めておくものだ
そうして 十年が経ったころ
私はそれを掘り出して じっくりと眺めるのだ
今は醜い欠片であるがその頃にはきっと
きらめく何かに変化していることを 私は信じる


いま この地を去って ふたたび
私は たたかいにゆく
今度はしずかではなくさわがしいたたかいだ
ゆったりしたテンポで 川を渡るように
すすんでいこう たたかっていこう
心の底の醜い欠片をそっと掌に包んで
しずかなたたかいの日々を 片時も忘れずに